祖父への旅-3

私の祖父は昭和19年に父島方面にて戦死した。7月4日、アメリカ独立記念日の激しい空襲によるものだった。

32歳で亡くなった祖父が、若い妻と二人の子らと暮らしていた横浜・本牧を訪ねる。


祖父らの改製原戸籍に当時の住所として記載のある「本牧十二天」は、横浜市中区にある。かつて本牧神社があった土地であり、町名はその旧称「本牧十二天社」に由来する。

昭和20年5月の横浜大空襲で、本牧神社は氏子町と共に大きな被害を受けた。終戦後、本牧一帯の23万坪は進駐軍に強制接収され、神社は仮遷座を余儀なくされた。昭和57年の接収解除後、本牧一帯の区画整理事業が始まり、平成5年に神社の境内地は現在の本牧和田に換地されることとなった。本牧神社旧所在地は現在「本牧十二天緑地」となっている。

現在の「本牧十二天」は、そのほとんどを、横浜市中部水再生センター(下水処理場)と、小港南公園、本牧十二天緑地が占めており、住宅らしいものはあまり見あたらない。祖父らの住んでいたころの名残のようなものをほんの少しでも感じられたらと願ったが、叶わなかった。


本牧神社へ行く。車椅子にはかなり厳しい勾配を上がり、本殿へ向かう。参拝を済ませて御朱印を求める。

父への土産として御守を買った。喜んでくれるだろうか。


【参考】

[Wikipedia]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E7%89%A7%E5%8D%81%E4%BA%8C%E5%A4%A9

[Wikipedia]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E7%89%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE

[本牧神社]http://www.honmoku.or.jp/index.html

[本牧まちづくり会議]https://sites.google.com/site/honmokutown/home/park-juuniten

書くこと。生きること。:Hiromi's Blog

書くこと。学び、考えること。難病ALSに罹患し、世界や自分のあり様を疑う戦慄の時間。生きた証として書いていきます。 satohiromi.amebaownd.com/