旅の途中
旅をする醍醐味は、知らない景色、見たことのない風景の中に身を置けることだ。私にとって当たり前の日常は遥か遠景に吸い込まれ、私はまったくの独りぼっちとして世界に放出される。
手足の動きも体幹も満足でなくなってしまった私が自室を出るということ。見知らぬ景色の中で、身動きのとれなさに戸惑い好奇のまなざしに痛みを感じるとき、私の“世界”は自室のベッドの上から“世の中”へと広がってゆく。ニュースや書籍にどれだけ熱心に触れたところで、この生傷に触れるような経験は決して得られることが出来ない。思いがけない障壁に態度に言葉に頬を打たれて、鈍感な私はこの社会の輪郭をようやくぼんやりと捉え始める。
何もかもがやりにくい旅の時間の中で私は、自分の病気が急に進んでしまったような感覚に陥る。ベッドの国では王様でいられたはずなのに。昨日よりも出来なくなることが一つずつ増えてゆく、という現実を受け止めるための感覚器はもうすでにある程度スイッチを切ってしまっていたのだが、非日常はお節介にも私にそのことを懇切丁寧に教えてくれる。世界はこんなところであり、私は私なのであった。
自分への土産に、格好良い柄のブックカバーを買った。
明日からまた、本を読もう。
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