土の上
日曜日。電動車椅子で通りかかった、公園へと続く朝の歩道。その脇に立つ、ある一本の街路樹の根元に私は目を止めました。
その木がどのくらいの背の高さであったかとか、何という種類の植物であったのかとかいったことは記憶にありません。歩き慣れない路面の凸凹に気を取られながら電動車椅子を操作しつつ、何気なしに目をやったその木の根元は、歩道脇の中にも申し訳程度の円状に舗装がくり抜かれていて、土が少々こんもりとしていました。朝から晴れて暑い日でしたが、その小さな土の上だけは木陰に少し湿気を帯びていて、健康的な焦茶色をしていました。
その土の上に、鳩がゆったりとお腹をつけ、通行人の方に体を向けて座っていました。羽の艶もよく、ふっくらと落ち着いて見えたその鳩の右隣に、もう一羽の鳩が、やはり同じようにお腹をつけて座っていました。
似たような姿勢で腰を落ち着け並んでいるように見えた二羽の鳩でしたが、よく目を凝らせば、右隣の鳩はしきりに自分のくちばしで、横に並んで座る鳩の、閉じられた目のまぶたの端を、激しくつついているのでした。何度も何度も何度も何度も。つつかれた鳩は何度でもつつかれたまま、ただ静かに首をすくめるようにして、ゴム人形のように目を閉じていました。ゆったりと肉付きのよい体を微動だにせず、右隣の鳩につつかれてもつつかれても、土の上で、きれいなグレーのまぶたを開けることはありませんでした。
私は、右隣の鳩がいくら必死になって目尻を強くつついても、横にいる仲間はもう二度とその両の目を開くことはないのだと思いました。私が彼らから視線を離せないでいる間、右隣の鳩は仲間の顔をつつくことをやめませんでした。ときに強くまぶたの端をついばむように、目を瞑ったまま土の上に座る仲間の目尻を、何度も何度も何度も何度も、くちばしでつつくのでした。
私には、その街路樹の根元のささやかな土の丘が、一瞬、周りの景色から鮮やかな輪郭をもって浮かび上がったように見えました。
私の目は、釘付けになったというほどの長い時間、鳩たちに向けられてはいませんでした。私は身勝手にも、胸が詰まったように苦しくなって、彼らに起きていることを出来るだけ理解したくないと怖気付き、目の前の光景から目を逸らしました。
美しい羽とふくよかな体の線を持ったあの子はきっと、怖い思いをしたり苦しんだりすることなく静かに息を引き取ったのだと、最期まで最愛の仲間と一緒で幸せだったのだと、人間である私はそう思い込もうとしました。私の貧相な想像力と、狡さとが咄嗟に作り上げた稚拙なフィクションでした。
残された鳩はいつか、狂ったように自らがまぶたをつつき再びその目を開かせようとした仲間のことを、忘れられるときが来るのだろうか。
日曜日の街路樹の根元の、小さな焦茶色の土の上の出来事です。
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