ここからの景色
私の通う通信制大学の、あるスクーリングの授業でのこと。
週末の二日間を利用した、朝から夕方までの集中授業の、一日目。
その授業は定員を絞って行われる演習中心の科目で、それまであまりスクーリングの授業を受けた経験がなかった私は、広い教室内にすでに6つの「島」の形にグループに分けて配置されている机が目に入って、少し緊張しながら教室後方のドアをくぐった。
私は大学に「修学上の特別措置願」という書類を提出している。
それは入学の際に、障害のある学生が大学に対して配慮してほしい事項を届け出ておくもので、障害によって例えば、介助犬や介助者の同行・入室、単位認定試験の問題用紙の文字の拡大印刷や答案の代筆、印刷教材のテキストデータでの提供など、さまざまだ。
神経難病による中途障害で車椅子ユーザーの私の場合、単位認定試験やスクーリング授業における車椅子での受験・受講、またそれらの際に教室の重たいガラスドアを事前にドアストッパーで開けておいてもらうこと、教室の出入り口に一番近い席を確保してもらうこと、車椅子の膝がぶつからないように少し高い机を用意してもらうこと等を大学側に求めており、職員の方々にはいつも丁寧に対応していただいている。
その日私は教室に入るとすぐに、他の人たちのものより数センチ高い机が、入り口に一番近い「島」にあるのを確認した。「島」は5、6名で1グループになるように寄せてある机で構成されていて、私の机は教室の出入り口のドアを背にするような向きで置かれており、机の上には「予約席」と書かれた紙があった。少し早く到着し過ぎたせいか教室にはまだ私以外に3、4名ほどの学生しかおらず、それぞれ6つある「島」のあちこちに散らばって着席していた。
学生のほとんどを社会人が占める通信制大学という特性もあり、どのスクーリング授業でも学生同士はほぼ初対面というような風で、この日も例外ではなかった。私は自分の「予約席」に車椅子をつけると、筆記用具を出したり持ってきた本をめくったりしながら、授業が始まるのを待っていた。
授業の開始時刻が近づくにつれ、年代も性別もさまざまな学生たちが、一人また一人と教室に入ってくる。私の周囲の「島」も、それぞれが徐々に受講生で埋まっていき、気が付けばすべての席に受講生が座っている「島」もいくつか出てきて、あちこちで賑やかな初対面の挨拶なども聞こえ始めてきた。
一方、私の「島」はというと、まだ私以外に誰も学生が着席しようとする気配はない。私の背中越しにあるはずの教室のドアへ目をやると、入ってきた学生たちは一様に、入り口に一番近く、車椅子の私が一人で着席している空席ばかりの「島」を遠回りにぐるっと避けて、すでに満席に近い5つの「島」へと次々に吸い込まれていくのだった。
ここで私はハッと、あることに気付いてしまい、混乱した。
― 車椅子の私が座っているから、この「島」には誰も来ないのか。
私は自分の鼻の奥が、酸っぱいトロトロの液で急に詰まってしまったような何とも言えない気分になった。まるで私のいる「島」だけが薄紺色の半透明の膜のようなもので覆われてしまい、そのせいで教室にいる私以外の誰からも私のことは見えなくなって、きっと私がこの「島」から何を叫んでも他の人たちにはきっと聞こえないのだろうと思った。
一瞬、間をおいて、私は半分わざと、周りからは分からない程度にニヤッと笑った。
それは今この瞬間に自分に起きていることから逃げ出さないため、そして、私の生きている”世界”というのはこういう場所なのだということを、強く見届けるためだった。決して縮こまらず、膝を折らず、顔を上げて、正面から、この景色をしかと見ておかなくてはいけない気がした。
この時私は、遠くかすかに受講生たちの賑やかな会話を聞きながらグルグルといろいろなことを思っていた。
私はもういい大人だから、こんな不意打ちの衝撃にも何とか踏みとどまって、周りから見れば何でもないような風を装っていられる。しかし私がもし、小さな子どもだったらどうだろう。車椅子の自分だけがみんなの仲間に入れてもらえず、そばに誰も寄ってきてもらえず、一緒に遊んでもらえなかったとしたら。いや、車椅子の場合に限らない。もし仮に私が、アジア人だからとか、身なりが貧しいからとか、特徴的な体つきをしているからとかいった自分ではどうにもならないような理由で、周りの人びとからあからさまに関わることを避けられ、受け入れてもらえなかったとしたら。きっときっと私は、赤くて青くて黒い色をした辛い気持ちの塊が喉に詰まって、息ができなくなってしまうだろう。
薄紺色の半透明の膜の中で、私はこれまでも、今この瞬間も、地球上に少なくないはずであろう同じような経験をしている人たちのことを想像してみた。もしも、自分はこの”世界”にひとりぼっちなのだと、今にも息が詰まってしまいそうなほど辛い思いをしている子どもがいるのだとしたら、私は今すぐ駆け寄って思いきり抱きしめたいと思った。
授業が始まる直前、ようやく私の「島」に一人、受講生がやってきた。「おはようございまーす!よろしく!」と、その50代半ばくらいの男性は朗らかに挨拶をして私の目の前の机にリュックを置くと、力強くストンと席に座った。私は、この人には私のことが見えるのだと少し嬉しくなって「よろしくお願いします」と言いながら笑った。私の「島」の住人は二人だけのまま、始業のチャイムを聞いた。
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実は、この日の授業だけが特別という訳ではない。
例えばスクール形式の教室で、気が付くと、車椅子で席についている私の前後左右の席だけ誰も座らないで空いているということがよくある。学生用の休憩ロビーでも、そう。決してそこへ座れないというわけではないのに、私の周りにはいつも微妙なスペースが空く。これは大学の中に限らないことで、電車の中や飲食店の店内、駅や病院の待合いといった場所でも同様だ。私の近くにいることは罰ゲームなのかよと、一瞬、胸がむかつき嫌な気分がするのだが、いつのまにか私にとってこんなことはいちいち数え上げてやるのも悔しく馬鹿馬鹿しいような、日常茶飯事となってしまった。
そしてうっかり、そんな出来事をポソッと小さな愚痴として吐き出すやいなや、「気にし過ぎだよ」とか「思い過ごしじゃない?」とか「自分が車椅子だからって、僻んでるだけじゃないの」などと、私という人間の感受性も人間性も丸ごと繰り返し否定されまったく取り合ってもらえないのにも慣れてしまった。
でもこの日のスクーリングでの出来事は、あまりに密度濃く凝縮されくっきりとした輪郭を持ってしまった塊となり、鼻の奥の酸っぱいものの記憶とともに眼前に置かれたままでいる。それは、社会人になっても週末に熱心に大学へ通っているような、どちらかといえば<意識の高いような人びと>の中で経験してしまった出来事として余計に印象深く、ある意味で大いに裏切られたような思いが私にあったからかもしれない。
真に学ばれるべきこととは、何か。
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― であれば、上等。
しかと見届けてやろうじゃないか。ここからの景色を。
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