あるALS患者の記録⑤【-2020.9】


【-2020年9月】


春。寒さが緩んでくると、徐々に手が動くようになってきた。手の動きの悪さのすべてが、病気の進行による二度と引き返せない障害であった訳ではなく、寒さのため一時的に著しく動かしづらかったのだと思うと、嬉しかった。

世の中はcovid19の影響で今も大変な状況だが、私の日常は変わらずベッドの上にある。「stay home」とやらの掛け声に、春の頃はただ苦笑いするしかなった。


9月現在の身体の様子を記しておく。


ラジカット点滴とリルテックの服用による治療は継続中。訪問リハビリは2020年に入って週2回に増やした。1回につき1時間、メニューは1年前より殆ど変わらず。9月時点ではさすがに少し疲れるようになり、特にラジカットの点滴があった日のリハビリ後はぐったりと疲れ眠くなってしまう。食欲は可もなく不可もなしといったところで、飲酒も含め食事にも制限はない。相変わらず電動車椅子で外出もしているが、手の障害の進行と共に一人で電車に乗るような外出には怖さを感じるようになってきた。


握力は両手ともに8キロと、もう幼稚園児くらいの力しか残っていない。特にこの一年間における握力の減少は著しいものがあるが、本日現在なんとかギリギリ最低限、自分自身のことに限れば、やれている(私の場合、ベッドの周りの生活だけだが)。個人的な感覚でいえば、手の全体を使った例えばギュッと握るような力よりも、指先の力の減少や指の動きの衰えの方が日常生活への影響という点で言えば余程深刻だと思う。例えば、物を摘まんだり、指先で押したりといった動作である。


本日現在 苦手にしている、手を使った動作を思いつくまま挙げてみようと一度は書き出してみたのだが、あまりにも多くバカバカしくなって、やめた。逆に、これまでと同程度の確からしさをもってできる動作は一つもない、と言った方がずっと早い。


キーボードで文字を打つのも、さすがに辛くなってきた。以前のような速さでは入力できなくなり、調子のよくないときには10秒間も入力し続けるとフニャフニャと指が曲がり、手首から先はまったく力が入らなくなってしまう。調子が良い時でも、A4半ページ程度の分量を集中して入力したりすれば、突然ある瞬間に指や手の甲の力が一気に抜けたようになって、そうなるともうそれ以上は打ち続けることが出来なくなる。もう一度キーボードに向かおうと思えば、しばらくの間ベッドに横になり休憩しなければならない。この文章はここまでで10000字を超えたが、数日間にわたりパソコンを使って書き続けている。手の甲や手首、腕に湿布を貼ると少し楽になる。


私の場合、それでもキーボードの操作は、現時点で一番、今まで通りに近い感覚でできている動作の一つだ。一般的なマウスをやめて現在はトラックボールを使用しているが、これが手首や腕への負担を大いに軽減させている。指先のほんの少しの動きだけで操作が可能で、しかもマウスのように置いて動かす平面を必要としないため、トラックボールをベッドマットの上に置いて、ゴロリと横になりながらパソコンが操作できる。今の私の手に残された力ではパソコンに比べスマートフォンの方が扱うことが難しく、余程ストレスである。


足の動きの悪さは相変わらずだが、足は日常的に手ほどの細やかな動きを求められないせいか、病状の進行を実感する場面があまり多くない。最初に違和感を覚え始めてから今まで、緩やかに確実に進行はしているのだが、今日現在、何かに寄りかかってさえいればおそらく1、2分程度は立っていることができる。室内の完全に平らな床の上であれば、数メートルのつかまり歩きも可能だ。しかし、膝を曲げたまま足に体重を少しでも乗せると体全体が崩れ転倒してしまうので、自宅内では、膝が曲がらないように真っ直ぐにロックして壁や物につかまりながら何とか歩いている。


階段の昇降はもちろん、斜面における歩行もできない。これは介助を伴ってもほぼ不可能である。また、手すりや補助具などに頼らず椅子やベッドから立ち上がったり、逆に支えや介助なしにそっと座ったりすることもできない。床からの立ち上がりや、床への着座も一人ではできない。


自宅にいる間は基本的にベッドの上で座って過ごしている。そのほとんどの時間、インコにかまってもらいながら、パソコンに向かっている。



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以上、病気を自覚し始めてからこれまでの経緯を記した。もしかしたら時系列などに細かな間違いはあるかもしれないが、事実関係はほぼこの通りだと思う。その時々における自分の思いなども、自分自身で変に脚色してしまわないよう、出来るだけ正確に思い起こすことに努めた。書き始めた日の晩、久しぶりに悪夢を見て寝ながらとんでもない叫び声を上げ、家族を起こしてしまった。ごめんなさい。



以上、今ある程度動けるうちに、記録しておく。自分と誰かの為に。



2020年9月24日 自室にて



書くこと。生きること。:Hiromi's Blog

書くこと。学び、考えること。難病ALSに罹患し、世界や自分のあり様を疑う戦慄の時間。生きた証として書いていきます。 satohiromi.amebaownd.com/