日記20210218

 「女である」ことを理由に自動的に当然に疎外されていた者たちは「女である」ことを理由に突然に与えられ取り込まれる。結局は「女である」ことがすべてのかつ大したことのない理由であって、「女である」者たちは喉を圧迫され酸欠した頭の中でそんな世界を日が沈めば夜が来るように受け入れるか、時折思いついたかのように身を震わせ拒絶してみせたりして、いずれにしても「女である」者たちに何かを決める日はいつまでも来ない。「女でない」者たちが無視し切れない何かへの言い訳か、でなければ自分の信じている”世間”で恥ずかしくない程度に進歩的でリベラルな俺を気取るためのアリバイが成立しさえすれば「女でない」者たちにとって本当はこんなこと大して興味もない。「女である」者たちが何かを決めるかどうかなんて今更想像もできないことだし本当のところそんなこと誰も望んでいないんじゃないのと、「女でない」者たちも喉を押しつぶされたままの「女である」者たちも自分たちの意識の泥の底に固まったものをきらきらと油の浮いた水面から眺め立ち尽くす。

 つまらない思いをしている「女でない」者たちは自分が「女でない」ことを誇る。つまらない思いをしている「女でない」者たちにとって「女でない」ことは誰にも奪われない生来唯一の宝であるから、大声を出し筋力腕力を誇示してみせ時に本当に粗暴になる。いい思いをしている「女でない」者たちにとって「女でない」ことは気付いたら当たり前にポケットに入っていたものの一つでしかなく、運や才能のほどにもそれを意識しない。生まれた家が金持ちだったことやたまたま勉強が少し得意だったことと同じように自分が「女でない」ことは負い目など感じる必要のない幸運と信じているし、当然のように「女でない」者たちだけしかいない世界で競うことに忙しく「女である」者など端から相手にしなければいいだけのそんな場所で「女でない」ことはわざわざ参加条件として取り上げることですらなくて、ことさら意識することに殆ど意味を持たない。だから突然、そこに「女でない」者しかいないじゃないかと言われてもそんなこと知るもんかと彼らは思うし、心底どうでもいいとしか感じようがない。

 「女である」者は感情的で合理性に欠け「女でない」者にすべてを決めてもらわねば生きていけない無力な存在だと「女でない」者たちは考えている。「女でない」者たちにそう決めてもらった「女である」者たちも「女である」自分たちのことをそうなんじゃないかと薄々思っていて、実際そのように振舞うことでのみ「女でない」者たちが物事を決める世界での中で「女である」自分たちが受け入れられ与えられることを知っているし、「女でない」者たちはそんな「女である」者たちの振る舞いを見て、ほうらやはり思った通りだと信念は確信となり事実となり更には揺るぎない現実となる。

 あの人は「女である」のに十分に知的だし社会に認められ頑張っているとか、「女でない」自分だって理不尽な目に遭い毎日が大変なのであって気の毒なのは「女である」やつらだけではないなどと、そんなことを何の疑念も持たずに言い散らかしてしまえるうちは、いつまでもあなたも私も「女でない」し「女である」のだろう。



今日、通算300回目の点滴治療が終わった。左腕の凸凹とした固い針跡の10センチほどをさすりながら、ワクチン注射は痛いか、と大真面目に語り合うテレビ番組を眺めこいつらバカじゃねーのとつぶやいた。夕飯の野菜炒めが美味しかった。


書くこと。生きること。:Hiromi's Blog

書くこと。学び、考えること。難病ALSに罹患し、世界や自分のあり様を疑う戦慄の時間。生きた証として書いていきます。 satohiromi.amebaownd.com/