ビー・ポジティブ！

うっさいなぁ。ポジティブ、ポジティブって。もう勘弁してくれないか。

私にそれを押し付けるあなたの態度。なんでそう上からなのだろう。ポジティブでない弱くカワイソウな人に賢くて善い人である私が気付かせてあげよう、って、ああもう啓蒙的で気色悪い。あなた自身、自分のその態度について一度でも考えてみたことがあるのだろうか。

いつからこんな風が主流になったのだろう。苦しみも痛みもかなしみも、気のせいだと否定されてしまう世の中に。

そんな風に考えてはいけません。それは間違った考え方です。あなたは気付いていないのよ。もっとこんな風に、私みたいにポジティブに考えないと。

ああ気の毒なあなた。愚かで弱くて間違って気付いていないあなた。賢く強く正しい私が、気付かせてあげましょう。導いてあげましょう。

ほら、そんな間違った考えは捨てて。それはすべてあなたの気のせい、妄想なのですよ。あなたが今感じていることは感じてはいけないこと、あなたが今考えていることは考えてはいけないことなのです。

え？殴られた頬が痛いって？ヤだ、そんなの気のせいですよ。誰もあなたを殴っちゃいないのです。痛むはずがないでしょう？痛いなんて思ってしまうあなたがどうかしているのです。

は？背中をどつかれたって？そんなわけありません。触ったくらいのことをそんな風に思ってしまうあなたはきっと心が弱っているのね。だから被害妄想に囚われて、間違った感じ方をしてしまうのだわ。

ん？働けなくてお金がなくて不安だって？見た目や出自や性的指向や障害や学歴や人種で差別されている気がして苦しいって？ああ、弱く愚かでカワイソウなあなた。そんなの全部、あなたの気のせいなの。考え方を変えてみなさいよ。ほらね、そんな問題、初めっから存在しないのよ。たとえあなたの前にほんの小さな壁があったって、あなた自身が考え方を変えて、前向きに乗り越えようって思ってみたらいいだけのことなの。ほら、神様はその人に乗り越えられる困難しか与えない、って言うじゃない？ね、ポジティブに考えてみましょうよ！

ほら、こっちを向いて。私を見てみて。前向きで自己肯定的で正しくて強くて善意に満ち溢れた私を。あなたもこんな風になってごらんなさい。いつまでも下を向いて、そんな間違った考えに囚われていちゃダメですよ。すべてはあなたの気のせいなのです。もし問題があるのだとすれば、あなたの感じ方、考え方が間違っているってことくらいだわ。弱く愚かでカワイソウなあなた。強くて賢くて心の広い私が気付かせてあげるわ。ええ、善意の施しだから気にしないで。私はいい人だから。

なんか勘違いしていないか？今、下を向いて苦しんでいる人は、戦っている人は、耐えている人は、あなたたちよりずーっと強い人なんだ。あなたたち自身の気分を良くするだけのお花畑ポジティブごっこに、私を、大切な仲間たちを、付き合わせないで欲しい。

現実を精一杯正確に見ようとしてみる。そこにあるものを自分なりに冷静に正しく捉えようと努力してみる。そこに疑問や問題があると思うなら、それをあなたのその手のひらに掬って気の済むまでじっくり見つめてみたらいい。あなたが苦しいなら、痛いなら、かなしいなら、もうどうしていいかわからないなら、その理由が原因が絶対そこにあるはずなのだ。気のせいなんかじゃない。それはあなたにとって納得のいくものなのか、それとも理不尽だと感じるものなのか。気の済むまで見つめ続け、考えてみる。そしてあなたが、自分の感情は当然のもので他者に否定されるようなものではないと考えるなら、自分の考えていることは状況から見て妥当なものであって決して間違っているとは思わないと考えるなら、あなたは思う存分、あなた自身を肯定すれば良いのだと思う。自分は間違っていないと。よくここまで自分は耐えたと、よく頑張ったと、やっぱり自分は強いのだと。自分を責める優しさがあったのだと。自分自身に疑念を持つ冷静さと謙虚さがあったのだと。

そこにある状況を現実を誤魔化し自分自身の感情まで押し殺し否定してしまったら、真の意味で自分を肯定できるわけがない。

善意を騙りあなたの感情を考えを押さえつけ否定する無責任で暴力的な力に、あなたは屈する必要はない。あなたはあなた自身を、あなた自身の感情を考えを、当然ここにあってよいものなのだと認め肯定し大切にしてほしい。

乗り越え打破すべきものは、あなたの内にあるのではない。それは、あなたの外にある。