読書メモ⑬
吉村昭『背中の勲章』を読む。
俘虜として米国戦艦に収容された日本兵が、監視の目を盗み海へと身を投げる。遥か遠く島影も見えない太平洋のど真ん中。太陽の照り付ける大海原にひとりザプンと浮かびながら、かれは思う。日本へ帰ろう。思いがけぬ解放感に満たされて、かれは故国に向け海を掻き始める。空の星たちがきっと、帰るべき方向を示してくれるだろう。そして体力が尽きた後に、死の安らぎが訪れるだろう。
私はいつも吉村の作品世界に漂流しながら、自分の魂が安らぎ解放されていくのを覚える。その抑制的な筆で描かれる物語が、たとえどんなに過酷で凄惨で理不尽で奇怪なものであっても、苦悶と屈辱と不信とかなしみに満ちていたとしても、そこにただ身を委ねてさえいれば、私は間違いなく幸福だ。
そして今日も私は、眼下の海面へと身をおどらせる。
【期間:2021/07/01~2021/07/15】
①『戦史の証言者たち』吉村昭(文春文庫・1995)
②『総員起シ』吉村昭(文春文庫・1980)
③『陸奥爆沈』吉村昭(新潮文庫・1979)
④『背中の勲章』吉村昭(新潮文庫・1982)
⑤『敵討』吉村昭(新潮社・2001)
⑥『蛍』吉村昭(中公文庫・1989)
⑦『組曲虐殺』井上ひさし(集英社・2010)
⑧『大義の末』城山三郎(角川文庫・1975)
⑦―「プロレタリア作家・小林多喜二と、その姉、恋人、同志、特高刑事。それぞれが胸に抱える『かけがえのない光景』」。井上ひさし最期の戯曲。
⑧―「この作品の主題は、私にとって一番触れたくないもの、曖昧なままで過ごしてしまいたいものでありながら、同時に、触れずには居られぬ最も切実な主題であった。」(「あとがき」より)。-「思想書『大義』に影響され、予科練に志願した軍国少年・柿見は、理想とかけ離れた戦争の現実に深く絶望する。軍国主義を否定しておきながら、天皇の権威を再び政治に利用しようとする戦後社会で、人々と国家の変節に怒る柿見。なかったことにされた『大義』へ捧げた青春とそれを信じて死んだ友への想いから、破滅的な衝動に支配されていく。実体験に基づき、激動の時代を描いた、城山文学の原点というべき表題作ほか1篇。」(裏表紙解説より)
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