「知る」ということについて

「あることを知ったということは…(中略)…そのもっと大きな世界を知らねばならぬという責任を引き受けたことを意味します。とすれば、なにかを知るということは、身軽に飛ぶことではなく、重荷を負って背をかがめることになるのです。人々は知識というものについて、その実感を欠いていはしないでしょうか。」

(『私の幸福論』福田恆存・ちくま文庫1998)


3年前にfacebook(現在はアカウント削除済み)に投稿した以下の文章を思い出す。

タイトルは「『知る』ということについて」。


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時折SNS上などで、様々な社会問題などについて「知るだけでも大事だ」という発言を目にします。私はこの言葉があまり好きではありません。「知ったのだから、(自分は)もう十分によいことをしたのだ」というエクスキューズの臭いがするからです。そこから一歩を踏み出さないことに対する免罪符が透けて見えてしまうからです。

「知ること」はそれ単体で大事なのではなく、知ってからなされる思考や判断こそが大事であり、そのための前提なのだと考えます。知った結果、「大切だからこれからも考えていきたい」とか「自分も何かの行動をしていきたい」とかいう考えを持ってもよいし、「全く興味が無い」「正直ピンとこない」「どうでもいい」「面倒だから関わりたくない」などと思っても当然それは全く個人の自由であって、どのように考えても非難されるようなものではありません。

でもそこで、「知ったのだからもう十分によいことをした」と、その手前で満足してしまうのはおかしくないだろうか。

私は、「知った自分は何を思い、考え、どう動くのか、動かないのか」をしっかり見つめたいと考えています。何も考えず動こうとしない自分がいるのならば、その事実を誤魔化さないで受け入れることが大事なのだと思います。だから私は、「知るだけでも大事」という言葉に違和感を覚えます。

そしてよく、「知ることはよいこと」と言われることもあります。「だから『知る』という行為は尊重されるべきなのだ」と。

一般に、仕事や試験勉強などのあらゆる必要や義務に縛られない「知りたい」という思いは、「遊びたい」「食べたい」「休みたい」などと同じ、単なる個人の欲求でしかありません。「個人の欲求」ですから、その他のあらゆるものより尊重される、などというはずはもちろんありません。しかし、この「知りたい」という言葉が、どこか尊重され過ぎているような気がするのです。そしてその向こう側には「知ることだけでも大事」が横たわっているように思えるのです。

本当に「知りたい」なら、関連書籍を読むことはとても良い方法です。新聞やテレビ、SNSなどをチェックするのはもちろん、各種の調査報告や論文に目を通したり、周囲と議論をするなど方法はたくさんあるでしょう。でも「知りたい」という言葉の一方で、「本を読むのはめんどくさい」「そんな時間は無い」という。もしそうなのであれば、その程度の「知りたい」なのだと思います。

「知りたい」「知っている」こと(を主張すること)で手に入れられる免罪符が欲しいのか。「知りたい」「知っている」という状態の自分を周囲に認めて欲しいのか。もちろん、何もかもを深く知らなければならないなどと言っている訳ではありません。そんなこと当然不可能ですから。私自身の事で言えば、知ったことで生じた、稚拙で怠惰で恥ずかしいような考えでも、誤魔化さず、しっかり見つめたいと思っています。難しいのですが、なるべく。

様々な社会問題に対し、「知らないでいるよりは知っている方がいい」というのは本当だと思います。でも、「知りたい」という欲求は何よりも大事で尊重されるべき、というのはおかしい。もし社会問題の現場や当事者を、興味や好奇心でちょっと覗いてみたい、ということであれば、「芸能人のプライバシーを知りたい」という衝動と、何が違うのでしょうか。その好奇心を満たす(満たしてあげる)義務は誰にもありません。

そして、「『知る』ことをきっかけに自身が考え判断したことを見つめる」という作業と、「『知っている・知ろうとしている』自分を周囲に認めさせる=承認欲求を満たし、免罪符を手に入れる」ことは別のことである、ということに自覚的でありたいと考えます。

社会問題の現場には、苦しみもがいている当事者や、問題解決のために真摯に汗を流している支援者たちがいることを忘れてはいけない。自分は「社会問題の服」をいろいろと着替えながらファッションショーをしているだけなのではないか、という自分自身への監視を怠ってはならないと考えます。

(2019/08/09:facebookに投稿)


書くこと。生きること。:Hiromi's Blog

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