【生誕120年 住井すゑ、95年の軌跡ー金輪際いつぽんきりの曼珠沙華】
1992年6月19日、私はこの人の声を聴きたくて日本武道館にいました。講演会「九十歳の人間宣言」。その声をなんとか自分の手元に残したいと家電量販店で小さなカセットデッキを買い、二階席の端っこでそっと90分テープを回しました。
武道館は8500人の聴衆で満席でした。すゑさんの元気な笑顔に沸き、一言一句聞き漏らすまいと静まる会場。親戚のおばあちゃんに会えたような嬉しさで、武道館は終始、陽だまりのようなあたたかい空気で満たされていました。まだ若かった私は帰路、私にとって特別な作家と同じ時を過ごせたという感動で夢見心地だったことを記憶しています。
そして今日の特別展。築55年になる日本近代文学館の正面玄関は階段しかなく、車椅子の私は数日前に文学館へ電話で相談。裏手の通用口で職員の方々に迎えていただきました。搬入出用のエレベーターで展示室へ。決して順風満帆ではなかったすゑの生涯を見つめながら静かに展示ケースの前に立つ来館者たちは私を含め皆中高年ばかりで、10代で彼女の作品に触れ大きな影響を受けた私には、会場に若い人がいないことがとても寂しく感じられました。同調圧力の強烈な時代に生きる今の若者たちに、〈いっぽんきりの曼珠沙華〉として生きた一人の作家の人生を感じてもらえたらと思っています。
私も私という曼珠沙華として、一人地に足を踏みしめて生きてゆこうと思います。
【生誕百二十年 住井すゑ、九十五年の軌跡 ー金輪際いつぽんきりの曼珠沙華】
2022/09/17〜11/26 @日本近代文学館
30年前のカセットテープ。遠く小さな音でしか録音出来ていないけれど、私の宝物。
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