人生最高レストラン

確定診断を受けてから何度目かの秋。
もうこれが自分にとって最後の紅葉かと木々を見上げた何度目かの秋が過ぎ、今の私は、咀嚼や嚥下や、体幹や上肢の機能や、食事をするために必要なさまざまな体の働きが少しずつ奪われつつある状態にある。
ある日、そんな私に、信じられないほどに贅沢で嬉しい出来事があった。超一流の料理人であり、夫の旧友でもあるご夫妻が、遥々遠方からこの小さなマンションを訪ね、なんとお料理を振るまってくださるという。部屋を片付け、台所を磨く。失礼のないように、精一杯のお迎えをしなければ。

食卓に置いてくださった花籠。リビングの天井に、遠く高く秋空が広がる。ほのかに蒼い風が吹き、紫の小さな花たちがそよぐ。
手が動きづらく、飲み込みに不安のある私でも無理なく食べられるよう、繊細な工夫を施してくださったお料理の数々。美しくセンスよく盛り付けられた姿のよい器が運ばれる。ほろほろと舌の上でほどける優しい食感に、心尽くしの季節の味に、心が踊りあたたかくなる。
こんなにも素敵なお料理があり、そしてそれを創り出すプロフェッショナルがおられること。こんなにも私たちのことを考え、真心から動いてくださる方々がおられること。そしてすべては私たちにとって、希望でしかないということ –– 私と同じような病や障害の当事者である世界中の仲間たちに心の中で語り掛けながら、ゆっくりといただいた。

感謝を、敬意を、私は伝えきれただろうか。いい歳にもなって肝心なときに言葉の出ない自分の不甲斐なさに泣きたくなる。
心尽くしの美味しいお料理を、そして希望を、有難うございました。


先付 焼き無花果と蕎麦の実入り胡麻豆腐 カマンベールチーズを添えて
前菜 栗と百合根の茶巾
   子持ち鮎の煮浸し
   蚫と菊花の浸し
   牡蠣の磯辺巻き
   辛子蓮根
   いくらおろし
   桜海老寿司
吸物 蟹の玉〆と松茸のおすまし
造り 鮪 帆立
煮物 海老芋と煮穴子の焚合せ
焼き物 かます雲丹焼き
蕎麦 菊切り蕎麦
松茸御飯
デザート 林檎三昧
カプチーノコーヒー
心からの感謝を込めて。
ご馳走様でした。

書くこと。生きること。

書くこと。学び、考えること。難病ALSに罹患し、世界や自分のあり様を疑う戦慄の時間。生きた証として書いていきます。 satohiromi.amebaownd.com/