黄昏

平日夕方の、仙台駅。
新幹線の券売機に並ぶスーツの列はギュッとつづら折りに畳まれて、長かったパンデミックの終わりを感じさせる。ビジネスバッグを持った男性たちの耳には、白いワイヤレスイヤフォン。スマホっ首という言葉を久し振りに思い出した。無言の列を横目に、車椅子の私はヘルパーさんと有人改札へ向かう。コーヒーが欲しいな。売店はどこ?
発車10分前。案内の駅員さんと待ち合わせて、人混みの中をエレベーターでホームへ。さすが東北随一の都市、仙台。ホームは東京方面行きの新幹線を待つ人でごった返している。
 --ん?
何かが変だ。そう、さっきも券売機の前で感じたアレ。東京方面行き新幹線ホームで乗車を待つ人のほとんど、9割以上が男性なのだ。揃いも揃ってスーツ姿なのは、皆それぞれ社用での旅ということなのだろう。え、女性は出張に行かないの?
そういえば、車を返しに寄った夕方のレンタカー屋で、仕事用に借りたのであろう白いコンパクトカーを返却するために次々と来店するのは男性ばかりであった。女性の姿はゼロ。そういえば、借りた時もそうだったな。
先日、友人が話してくれたことを思い出す。日々忙しく仕事をこなし、会社のプロジェクトのメイン担当である彼女が客先を訪ねると、こう言われたそうだ。
 ーーもっとちゃんとした人を呼んできてよ。
初対面の相手から「あなたは『ちゃんとした人』ではない」と告げられ退場を命ぜられてしまった、プロジェクトのメイン担当である彼女。高度の専門性と処理能力を持った彼女に対して、まったく見当違いの暴言だ。女性であるということで初対面の仕事相手のすべてを否定するこの人物は、自分の仕事の可能性を自ら狭めていることに気付いていない。女というだけで門前払い。私にも大いに心当たりがある。「もし私が同世代の男性だったら、絶対にこんな扱い受けないのに」。今まで、何度そう思ったかわからない。オバサンは判断力も常識も知識も無くて半人前?いや、もしかしたら女性たち自身も、薄っすらそんな風に刷り込まれ、内心で互いを蔑んでやいないか。
 ーー日本人を出して。あんたじゃ話にならない。
アジアのある国の出身である知人は、職場の電話口でこんなことを言われるそうだ。難関有名大の大学院を立派な成績で卒業、日本の大手銀行に就職した彼。裕福な家庭に育ち幼い頃からバイオリンが趣味のトリリンガルで、ちょっと気分転換にと南太平洋の島へダイビングに行ってしまう、そんな完全無欠の彼が、穏やかな顔に苦笑いを浮かべながら、自らが日々体験していることを教えてくれた。あゝ恥ずかしい。こんな日本でごめんなさい。
日本人男性であるという生来の属性だけが寄って立つことの出来る唯一のアイデンティティであり優位性だと心の深い所で信じている気の毒なオジサンたちは、男でないこと、日本人でないことを理由に人を堂々と差別する。
スーツ姿の、日本人男性だらけのホーム。女性は“会社の顔”として出張を命じられるような仕事を任されないのだろうか。それとも出張先のお客さんの方が、見た目の性別で仕事相手を選別しているのか。いや多分、なんとなくそれが“当たり前”の日常として、過ぎ去っているだけなのだろう。もはや違和感の欠片も持たれることのない、私たちの社会の風景として。
誰かがラジオで言っていた。今の日本は「衰退途上国」だと。言い得て妙、と膝を叩いている場合じゃない。報酬面でも将来性でも、魅力の無くなってきた日本企業からどんどんと“優秀な人材”が逃げているらしい。テレビで観たエンジニアの男性は、日本メーカーからアジアの企業に転職した。転職前は、上司のハンコをいくつももらわなくては何も出来ない、コーチばかり沢山いる野球チームみたいなもので、遅々として物事が進まなかったという。それが今は提案も意見交換もスムーズで、自分の裁量で出来ることも増え仕事が楽しくて仕方がないらしい。働く人にとって、報酬面だけでなく充実感や将来性、楽しさという決定的なもので魅力に欠けているという日本企業。この国を覆う閉塞感の、写し鏡のように思えたのは私だけか。
オジサンたちの世代が終わったと思ったら、その下にまた小さなオジサンたちが育っていた、という言葉を以前どこかで聞いたことがある。ハンコを握ったオジサンたちは、生来の既得権益もその手から放さないに違いない。
沈みゆく衰退途上国に愛想を尽かし、この国から逃げてゆく人びとを思い留ませる手立てがあるとすれば、オジサンたちに、そのハンコには本質的にあまり意味がないということを理解させられるような世の中に変わってゆくことしかないのだと思う。
この手にハンコを持つ握力も残されていない、車椅子女の東北日記より。


書くこと。生きること。:Hiromi's Blog

書くこと。学び、考えること。難病ALSに罹患し、世界や自分のあり様を疑う戦慄の時間。生きた証として書いていきます。 satohiromi.amebaownd.com/