聖なる夜に
アフリカに関する授業の最終日。
自分に内面化されていた価値基準のようなものが、大きく揺るがされた。今ある自分の場所、自分の見方を絶対と思わず、知識の更新に努め、自分の常識を相対化することに心掛けたいと思いながら日々を過ごしてきたつもりであったが、まだまだま足りていないことを強く自覚させられた。
まさに、世界の矛盾が凝縮されたような地域であることを理解した。旧宗主国や先進国らが奪い尽くし、破壊し続けた極めて不合理で過酷な歴史の中で、いまなお外側の論理や思惑に振り回されながら、それでも明日ある限り生きてゆく人びとの力強くたくましくしなやかなレジリエンスのようなものに触れて、振り返って進行性の神経難病患者である自分を思わず見つめ直す機会を得た。
また一方で、圧倒的な自然や多様な文化は、「観光」をする者から見てやはり魅力的に過ぎる大陸でもあって、私自身はアフリカ大陸の外側の者として、アフリカをどのように見て、捉え、理解して、もし叶うなら触れていったらよいのだろうか。これからも引き続き、考えて参りたいと思う。
ケニアには10年ほど前に渡航歴がある。
ナイロビから少し離れた町で。スワヒリ語を教えてくれたサイラスさんは終始笑顔の背の高い人だった。初めて会ったとき、私が名前を尋ねると、躊躇いなく着ていた赤い上着の袖をまくり、近くの低木の小枝を折ったものをペンにして、褐色の腕に「CYRUS」と書いてくれた。そして、その下に私の名を書いた。嬉しくて、その腕の写真を撮っていいかと聞いたら、どうぞ、と笑った。
教えてくれたスワヒリ語は、力強い破裂音や「ム」のような音が多い気がした。指差したものを日本語で言ってみろと言われたので「草」とか「ハエ」と発音してみせたら、空気ばかりの拍子抜けのする言葉だと大笑いしていた。
ひだまりの、幸せな時間だった。
こんなことを書く私の手元のスマートフォンにも、中央アフリカから来た紛争鉱物「タンタル」が使われているのかもしれない。
崩れたクリスマスケーキすらも口にできない人が、私たちの世界には大勢いる。
すべての人に、メリー・クリスマス。
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